日時:平成26年10月3日(金) 16:00-17:30
場所:東京地学協会地学会館講堂
地球の陸上と同様に、そのダイナミックな動きを反映して海洋底には、山、山脈、盆地、谷などの多種多様な地形が存在している。海底地形の名称は、学術的にも、海洋管理の上でも、また最近では海洋権益の確保の上でも、議論の基盤となる重要な情報であると認識されている。日本では、1983年に海上保安庁水路部(当時)が大型測量船「拓洋」に、日本で初めてとなるマルチビーム測深機を導入し、国連海洋法条約第76条による大陸棚延伸のための大陸棚調査を開始した。その後、2004年からは大陸棚調査は、海洋研究開発機構、石油天然ガス・金属鉱物資源機構、産業技術総合研究所も加わったオールジャパン体制で実施され、2008年に終了した。日本による大陸棚調査は、日本南方海域の地球科学的な知見を顕著に増大させた。特に、海底地形については、日本南方海域の多くの箇所がマルチビーム測深による100%カバーがなされ、多くの海底地形名が付与されることとなった。
海底地形の命名に際しては、ある一つの地形に対して、複数の名前が付されてしまうと、無用の混乱を生じてしまう。このことを防ぐため、海底地形の命名には、標準化のプロセスが存在している。日本国内では海上保安庁海洋情報部が事務局となっている「海底地形の名称に関する検討会」において、また、国際的にはGEBCO(GEneral Bathymetric Chart of the Oceans)に設けられたSCUFN(Sub-Committee on Undersea Feature Names)において海底地形名の統一化が図られている。GEBCOは、IHO(International Hydrographic Organization)とIOC(Intergovernmental Oceanographic Commission of UNESCO)の下にある組織であり、SCUFNで承認・決定された地形名が国際的に公式なものとなり、GEBCO Gazetteer(海底地形名集)に掲載される。Gazetteerは、2013年秋に次のURLで示されるオンライン版が公開され、地形名とその地形の確認や、地形名の検索などが以前に比べ格段に容易になった。
SCUFNにおいては、IHO-IOCの刊行物であるB-6(Standardization of Undersea Feature Names)と呼ばれる海底地形名称付与のガイドラインに基づいて地形名称を審議し、統一化を図っている。海底地形名称は、属名と固有名の組み合わせである。属名は、海山・海嶺・海溝というような、地形学的な記載用語であり、固有名は、「マリアナ海溝」を例に取れば、「マリアナ」に相当する当該海底地形名の固有の名称である。B-6には、約60個の属名の定義がなされおり、また固有名の付与の原則について述べられている。代表的な固有名の付与の原則は次の通りである:
- 1.国際的な海底地形名付与の対象となる海底地形は、沿岸国の領海の外の地形に限ること。
- 2.固有名の命名に当たっては、第一に、近傍の地勢から採用することを優先すること。
- 3.固有名の命名に当たっては、その地形の発見に功績のあった船・研究機関等の名称を付与することができること。
- 4.固有名の命名に当たっては、人名も付与できるが、故人の名前に限ること。
- 5.固有名の命名に当たっては、ある類似した地形の集合に対し、歴史上の人物・神話の事象・星・星座・魚・鳥・動物等の名前を集合的に付与できること。
第2の原則は、上に挙げた「マリアナ海溝」や「日本海溝」、「四国海盆」など大地形には多く適用されている原則である。また、小地形でも、例えば、茨城県鹿嶋市の沖にある「第一鹿島海山」など、陸上地名にちなむ海底地形名が数多く存在している(なお、第一鹿島海山は、小地形と言っても富士山級の地形の規模を持っている)。しかしながら、日本の例では、日本の大陸棚調査でカバーした日本南方海域は、北部フィリピン海と北西太平洋の広大な範囲を含み、そこに存在する多くの海底地形に対し、陸上地名にちなむ名称を与えることは困難であった。そこで、そのような場合には、上記の原則の3、4、5がケースバイケースで採用され、地形名が与えられている。例えば、第3の原則の例は、「第五拓洋海山」(南鳥島南西方、海上保安庁測量船「拓洋」にちなむ)や、「白鳳海山」(四国海盆、元東京大学調査船「白鳳丸」にちなむ)などがある。しかし、この原則を利用する場合は、船舶や研究機関の数には限りがあるので、命名できる海底地形名の数には自ずと限度がある。そこで、第4と第5の原則を適用する必要が出てくることとなる。第4原則の適用として、最近命名されている故人の名前を冠した海底地形名には、奈須平頂海山群(Nasu Guyots; 南鳥島北方; 奈須紀幸・元東京大学海洋研究所所長にちなむ)、小林海盆・海嶺地形区(Kobayashi Basin and Ridge Province; 九州・パラオ海嶺南部; 小林和男・元東京大学海洋研究所教授にちなむ)、玉木海山(Tamaki Seamount; 北海道神威岬西方; 玉木賢策・元東京大学工学部教授にちなむ)などがある。第5原則の適用事例としては、伊豆・小笠原弧火山フロント上の七曜海山列(日曜海山、月曜海山、火曜海山、水曜海山、木曜海山、金曜海山、土曜海山)や、小笠原海台周辺の春の七草海山群(すずな海山、はこべ海山、ごぎょう海山、ほとけのざ海山、すずしろ海山、なずな海山、せり海山)と秋の七草海山群(ふじばかま海山、くずはな海山、ききょう海山、おみなえし海山、なでしこ海山、すすき海山、はぎ海山)などがある。これらの海底地形名の詳細(位置、名前の由来等)は、上で紹介したオンライン版Gazetteerから容易に得ることができる。
最近のSCUFNにおける動向のうち、特記すべきものとして、属名に関する新しい議論について紹介する。B-6の初版は1989年に出版され、その当時の海底地形学・地球科学の知見に基づいた属名が定義されていた。その後複数回の改版を経ているが、属名の定義が現在の海底地形学・地球科学の知見から外れる記載も見受けられることから、2013年9月に最新の改訂が実施され第4.1版として出版された。これまでは「海底地形名は、海底地形の解釈によってのみ命名される」という、水路学・地形学の上に立脚するGEBCOの大原則があり、地形の成因に基づく属名の定義はなされていなかった。しかし、この大原則が、地球科学の専門家以外の人たちに無用の混乱を生じさせて来た。例えば、Nankai Trough(南海舟状海盆)とMariana Trough(マリアナ舟状海盆)はどちらもTrough(舟状海盆)という同一の属名を持っているが、地球科学的には、前者は巨大地震を発生させるプレートの沈み込み帯(海溝)であり、後者は海底拡大が進行している背弧海盆である。地球科学的に正反対のセッティングに対して、同一の属名が与えられているという矛盾した状況となっている。Nankai Troughについては、Nankai Trench(南海海溝)と命名すべきであった。そこで、第4.1版のB-6では、成因論に基づく属名の定義が幾つか採用されている。例えば、TRENCHについては、
旧:A long, narrow, characteristically very deep, and asymmetrical depression of the sea floor, with relatively steep sides.
新:A long, narrow, characteristically very deep, and asymmetrical depression of the sea floor, with relatively steep sides, that is associated with subduction.
というように、subduction(沈み込み)というプレートテクトニクスの用語を用いて、成因論に基づく定義を行っている。
上記の例は、既存の属名を成因論を加味して再定義したものであるが、全く新しい属名も幾つか採用され、すべて成因論が加味されている。それらは、次の通りである。
MOUND: A distinct elevation with a rounded profile generally less than 500 m above the surrounding relief as measured from the deepest isobath that surrounds most of the feature, commonly formed by the expulsion of fluids or by coral reef development, sedimentation and (bio)erosion.
MUD VOLCANO: A MOUND or cone-shaped elevation formed by the expulsion of non-magmatic liquids and gasses.
RIFT: An elongated depression bounded by two or more faults formed as a breach or split between two bodies that were once joined.
SALT DOME: A distinct elevation, often with a rounded profile, one km or more in diameter that is the geomorphologic expression of a diapir formed by vertical intrusion of salt. Commonly found in a PROVINCE of similar features.
SAND RIDGE: An elongated feature of unconsolidated sediment of limited vertical relief and sometimes crescent shaped. Commonly found in a PROVINCE of similar features.
なお、これらの成因論が加味された属名を持つ海底地形名を命名する場合は、海底地形の情報だけではなく、その成因論をサポートするための地質学的・地球物理学的な情報も必要とされている。例えば、MOUNDやMUD VOLCANOであれば、反射法地震探査記録や、潜水船やROVなどによる海底観察記録などで流体の湧出などの証拠を示す必要がある。
海底地形の名称は、学術的にも、海洋管理の上でも、また最近では海洋権益の確保の上でも、その重要性が認識されてきている。また、我が国をはじめ、各国の大陸棚調査等で世界の海洋底の詳細が急速に明らかになっており、海底地形名命名のニーズは年毎に増大しており、海洋のコミュニティーに対するSCUFNの影響は、今後も大きくなって行くと思われる。
参加者18名