Home ニュース 講演会・地学クラブ開催報告 地学クラブ第295回講演会報告
開催概要:平成25年度東京地学協会研究・調査助成金「環境変化に伴う蘚苔類の侵入と溶食プロセスに関する研究」(研究代表者:羽田麻美)による研究とその後の研究をもとに「コケ植物による岩石風化」の実態をお話しいただいた。
日時:平成28年3月14日(月)
15:00から
場所:東京地学協会 地学会館二階 講堂(東京都千代田区二番町 12-2)
参加者数:15名
「コケ植物による炭酸塩岩の生物風化―秋吉台と阿武隈の事例―」

 山口県秋吉台(石灰岩地域)と福島県阿武隈山地仙台平(大理石地域)でドリーネ内の蘚苔類の分布特性と蘚苔類による炭酸塩岩の風化プロセスについて研究しました。秋吉台では、山焼きのおこなわれなくなったかつての草地は森林化し、森林内部のドリーネにはコケ植物が生育し始めています。ドリーネ内のコケ植物群落の構成種と分布特性について乙幡が、コケ植物による生物風化作用について羽田が報告します。

講演内容:

乙幡康之(ひがし大雪自然館)

「コケ植物の分布特性と生育環境」

 調査地域に生育するコケ植物は, 長径60m・比高10mほどのドリーネ内において、秋吉台で18~20種が、阿武隈山地仙台平で26種が確認されました。ドリーネを覆う樹種の違いなどにより、コケ植物の構成種が異なります。例えば秋吉台では、スギ林から成るドリーネと、スギ林と一部落葉広葉樹林から成るドリーネを比較しました。両ドリーネともに、湿潤環境種はドリーネの北向き斜面~ドリーネ底に分布することは共通しますが、落葉樹林の下では乾燥に強い種類が繁茂します。ドリーネ内におけるコケ植物の種の分布を規定するのは、温湿度や照度等の環境の差異と考えられます。その解明を目指して、2015年から開始したドリーネ内の気象観測の結果もあわせて報告します。

 コケ植物における種の分布に関しては、ドリーネ内の温湿度等の気象環境に左右されますが、コケ植物の植被についてはドリーネの地形条件に左右されると考えられます。ドリーネのように凹地形では、斜面の状態によって石灰岩ピナクルの露出面積が著しく異なります。ピナクルの谷側を向いた面では一般的に露出面積が広く、山側に比べてコケ植物の植被率も高いことがわかりました。一方、ピナクルの山側を向いた面は、土壌や落葉が堆積しやすい環境であることがわかりました。こうした影響を受けにくいピナクルの谷側に向いた面は、コケ植物にとって良い生育場になっていると考えています。




羽田麻美(日本大学文理学部)

「コケ植物による生物風化作用」

 コケ植物が炭酸塩岩の風化に与える影響を調べるため、岩石表面の薄片を顕微鏡で観察し、岩石の反発強度やコケ植物の体内カルシウム量の測定をおこないました。薄片観察では、岩石表層が砕片化した風化層の存在が確認され、再結晶により粗粒となった方解石からなる仙台平の石灰岩では、緻密な秋吉台の石灰岩よりもコケ植物の仮根の侵入が顕著に認められました。これら岩石表面の反発強度をエコーチップ硬さ試験機により測定すると、コケ植物に覆われていない面よりも、コケ植物に被覆されていた面で反発値が小さいことがわかりました。すなわち、結晶質石灰岩の分布する地域では、コケ植物の仮根が粒界に沿って侵入し、物理的風化(粒状剥離や強度低下)を促進していることが考えられます。

 また、コケ植物の体内カルシウムを測定した結果、好石灰岩性の種(特に,岩上を垂れ下がるように生育するヒラゴケ類やタニゴケ)でカルシウムが高い濃度を示しました。比較として、対象地域周辺の輝緑岩や花崗岩地域に生育する同種について体内カルシウムを測定すると、炭酸塩岩地域よりも低い濃度であることがわかります。これらの結果は、コケ植物が炭酸塩岩表面にあるカルシウムの溶解した水を吸収していることを示唆します。コケ植物は、岩石を被覆することにより岩石表面の保水性を高め、間接的に溶食を促進しているものと考えています。




■配付文献
  • 乙幡康之・羽田麻美(2014)山口県秋吉台のヒメタチヒラゴケ 蘚苔類研究11 40-41
  • 羽田麻美・藁谷哲也(2014)カンボジアの熱帯環境に暴露した岩石の初期風化と微生物侵入による影響 日本大学文理学部自然科学研究所「研究紀要」50 9-24
  • 乙幡康之・丸山まさみ(2015)山口県秋吉台のヒメタチヒラゴケ 蘚苔類研究11 117-119
  • 羽田麻美・乙幡康之(2016)秋吉台における草地縮小に伴う岩上蘚苔類群落の侵入とその構成種 地理誌叢57 13-23