Home ニュース 見学会・巡検開催報告 第21回海外見学会「英国ジオツアー」報告
東京地学協会の海外見学会を平成29年(2017年)9月4日~9月11日に実施しましたので、以下に報告します。
 
現地案内者報告
八島邦夫 (一財) 日本水路協会 技術アドバイザー
矢島道子 日本大学文理学部非常勤講師

 平成29年9月4日から11日に「英国ジオツアー」を実施しました。ツアーの見どころは2つありました。

 一つは当協会の伊能忠敬没後200年記念事業の一つとして実施される英国伊能小図及びこれに関連する英国海図等の閲覧です。日本全体を3図でカバーする伊能小図のフルセットは、2セットが現存するのみです。その一つである英国小図は江戸時代末期に幕府が英国海軍に提供したもので、英国は世界で初めて伊能図を評価し、海図を通して日本の正しい形を世界中に伝えました。それらは英国ナショナルアーカイブズ及び英国水路部に所蔵されていますが、それらのオリジナルを閲覧することは、通常困難ですが、今回は特別に閲覧できた大変貴重な機会でした。

 もう一つは、英国南部海岸に分布するジュラ紀と白亜紀の地層の見学です。英国は世界で最初に地質図を作った国です。イギリス海峡に面する英国南部海岸は地層が連続して分布し、地形、地質的に大変興味深い地域です。西部海岸はジュラシック海岸として世界遺産に登録され、アンモナイトなどの化石が多く産出し、特異な形状の海岸地形が見られます。一方、ドーバー海峡に面する東部海岸には白亜紀の石灰岩の地層が分布し、白亜の海食崖地形が見られます。関連する自然史博物館、化石ハンターとして名を残したメアリー・アニング(1799~1847)の足跡、ダーウィンが『種の起源』を執筆したダウンハウスやグリニッジ天文台、自然史博物館なども見学しました。

 

 参加者は案内者を含め13名で、所期の目的を果たし、全員無事帰国することができました。なお、見学旅行に先立つ7月26日には、参加者に対する説明会を実施し、現地での見学事項、行程等の説明を行い、帰国後の10月24日には、まとめの会を実施し、ライムリージスを舞台にした映画“フランス軍中尉の女”を鑑賞するとともに旅行後の経過等について話し会いました。

 
9月4日

 成田空港発、ロンドンヒースロー空港着。ロンドン・イーリングのホテル泊

 
9月5日
 英国ナショナルアーカイブズ(ロンドン・キュー)訪問(伊能小図等の閲覧)

 アーカイブズの見学は午前に2班に分かれて行いました。一班は地図閲覧室における伊能小図の閲覧で、依頼していた英国伊能小図(3図)に加え、日英和親条約(1958年)批准書の和文正文、伊能図を英国に提供した1861年の江戸城下絵図、幕末の日英政府関係者写真等を閲覧しました。伊能小図は虫食いなどもなく大変保存状態が良く、芸術品のような伊能図に感嘆するとともに地名へのアルファベット・英語付記、北海道周辺での経線追記などを確認できました。他の班は館内のツアーで資料閲覧室、資料保管庫等の見学でした。ここでは膨大な資料を適切に温度・湿度管理し、即座に検索できるシステムに感心しました。なお、見学は、写真撮影(フラッシュなし)は可能でしたが、手荷物は全てロッカー預かりで、筆記用具はアーカイブズが用意した鉛筆のみの使用が認められました。

 午後はアーカイブズから宿泊地のバースへの移動で、ストーンヘンジ遺跡、地層累重の法則を編み出したウイリアム・スミス(本業は土木技師)が開削したサマーセット石炭運河、バースの旧市街地を視察し、バースのホテルに宿泊しました。

▲英国ナショナルアーカイブズ玄関前にて
▲英国ナショナルアーカイブズ見学Aチーム
▲英国ナショナルアーカイブズ見学Bチーム
左から5人目がイアン・アイルランド学芸員
▲英国伊能小図の閲覧
▲日英和親条約(1858年)批准書和文(正文)の閲覧
▲アーカイブズ地図保管庫の見学
▲サマーセット石炭運河
▲バース旧市街地の見学
 
9月6日
 英国水路部(サマーセット・トーントン)訪問 (伊能図を基に作成した英国海図等の閲覧)

 宿泊地のバースからトーントンへ移動の途中、ブリストルのエイブォン渓谷・クリフトン吊り橋、チュダー渓谷の地質を観察しました。両地域とも石炭紀の石灰岩が分布し、洞窟の形成が見られますが、チェダー渓谷の洞窟では、現在も低温を利用して有名なチェダーチーズの熟成が行われているそうです。

▲エイブォン渓谷とクリフトン吊り橋
▲チェダー渓谷の洞窟入り口

 英国水路部アーカイブズの見学は午後に行われ、水路部業務の概要説明、キャプテンクックをはじめとする英国の歴史的海図資料、伊能図を用いて作製された英国海図、日本ゆかりの海図(下関戦争、薩英戦争ほか)を閲覧しました。このほか海図の修復部門、海図保管庫を見学しましたが、修復作業には和紙が使用されていること、資料保管庫の温度・湿度管理には水を使わず、窒素ガスにより行われていることが印象的でした。

▲英国水路部アーカイブズロビーにて
▲伊能図を用いた英国海図の閲覧
▲伊能図を用いて作製した英国海図「日本」
▲アドリアン・ウェブ アーカイブズ館長の説明
▲海図等の保守・修復作業の説明
▲海図保管庫
 
9月7日

 南部海岸に出て、ライムリージスでジュラ紀の地形・地質を観察しました。海岸はアンモナイトが多産して、足の踏み場もないくらいだったのですが、海が荒れて大量の礫が海岸に押し寄せ、化石の観察は困難を極めました。それでも、19世紀にたくさんの化石を発掘したメアリー・アニング(1799-1847)の不屈の闘志を思い出して、化石採集に励みました。なんとか、アンモナイトやウミユリ化石を採集することができました。新装なったライムリージス博物館を見学し、映画『フランス軍中尉の女』に出て来る、「ドーセットの真珠」と言われているライムリージスを散策しました。

 午後、ドーチェスターでドーセットカウンティ博物館を見学しました。ヴィクトリア朝の雰囲気を濃厚に残した博物館でした。ブライトンのホテルに宿泊しました。

▲ライムリージス海岸
▲アンモナイトの化石
▲ラムイムリージス案内図
▲メアリー・アニング逝去の地
▲ライムリージスの街並み
▲ドーセットカウンティ博物館
 
9月8日

 この日は朝から雨でした。イグアノドンを発見したギデオン・マンテル(1790-1852)が1833年まで住んでいたルイスの家をまず訪問しました。ルイスで開業しながら化石の研究を続けていました。ライムリージスへもよく化石採集にでかけていました。

 南部海岸の白亜紀の地形・地質をセブンシスターズで観察しました。大雨・大風に見舞われましたが、白く美しい白亜の崖はよく観察することができました。ブリストルやチェダーの石灰岩とは岩相が違うことがよくわかりました。火打石が層状に産出することも観察できました。崖の上にある博物館では、年々崖が崩れていくことが展示されていて、少し怖い感じもしました。

 午後、チャールズ・ダーウィン(1809-1872)が『種の起原』を執筆したダウンハウスを見学しました。ダーウィンが毎日散歩して思索を深めたサンドウォークを歩いてみましたが、残念ながら新しいアイデアを思いつくことが出来ませんでした。この日はロンドンキングスクロスのホテルに宿泊しました。

▲ギデオン・マンテルの家
▲セブンシスターズ海岸
▲チャールズ・ダーウィンの家(ダウンハウス)にて
 
9月9日

 テームズ川を船で下ってグリニッジ旧王立天文台を訪れました。本初子午線をまたいで写真を撮りました。以前、伊能小図はグリニッジの海事博物館に保管されていました。

 午後は自由見学としましたが、グリニッジの海事博物館やロンドンの自然史博物館などを見学しました。自然史博物館ではアニングやマンテルの採集した化石がたくさん展示されていました。本日もロンドンキングスクロスのホテルに宿泊しました。

▲グリニジッジ旧王立天文台の原初子午線
▲自然史博物館
 
9月10日

 キングスクロスのホテルを出発し、ロンドンヒースロー空港発

 
9月11日

 全員無事に成田空港に到着。

 

 

参加者報告
岩月 信一

1 はじめに

 「東京地学協会の海外見学で、イギリスにある伊能忠敬の作った地図を見るチャンスがある。ぜひ参加しませんか。」という連絡が入った。 もともと地質や地理などに関心があった私は、すぐに参加を決めた。

2 伊能小図に出会う

公園を思わせる敷地の一角に、ナショナルアーカイブズがあった。 閲覧室に招かれて、そこで見た伊能図は、迫力満点だった。はじめのうちは、ただ眺めるだけだった。職員の方や、八島氏の丁寧な説明を聞き逃すことも多く、後で考えるととても残念に思っている。

(1)中部地方を中心に

 私にとって身近な場所、尾張と三河をよく観察した。伊能図は、現在の地図と同じとそっくりになっている。伊能図以前の地図と比べると、その差は歴然としていた。

▲伊能図
▲日本輿地路程全図

(2)富士山

 漢字で富士山と書かれた近くに、FusiYamaの英語表記があった。また、山頂には方位を示すと考えられる線が、多数引かれていた。駿河湾側から見た富士山は、裾野の広いイメージと違い、斜面がかなり急峻に画かれていた。

 江戸時代の噴火活動の痕跡を探したところ、寶永の文字は見つけられたが、続く文字の判読できず残念だった。

3 終わりに

 伊能図を見学する時間は、あっという間に過ぎてしまった。伊能図だけでなく、伊能図に関係する資料まで見せてもらえた。そればかりか、収納庫や閲覧室など、ナショナルアーカイブズの内部も見学できた。この体験で、情報を大切にするイギリスの風土を感じることができた。

 今回の見学を終えて、このような機会を与えて下さった東京地学協会の方々、ナショナルアーカイブズの方々、そして何よりも、実際の交渉に当たってくださった八島氏に、心から感謝いたします。

 

小林 瑞穂

 英国見学旅行は、今後の自身の研究の糧となる素晴らしい旅行であった。
特に、英国ナショナルアーカイブズにおける「伊能小図」と関係歴史資料の閲覧、念願であったイギリス水路部の見学、自由行動で訪れたグリニッジの国立海洋博物館と旧王立海軍大学校の見学からは学ぶことが多かった。また、各機関において資料の管理に携わるスタッフの姿勢、資料の保存体制、展示の方法など日本と異なる点も多く、歴史資料の保存と公開、展示について考える良い機会にもなった。見学旅行で得た見聞を、早速、大学の日本史の授業に取り入れている。

 旅行中、講師の先生方から詳細な解説をして頂いたことで、今まで知らなかった知識を得ることができ、通常の旅行ならば行けないような場所にご案内頂いたことも、今回の見学旅行の醍醐味であった。充実した8日間を過ごすことが出来たのは、講師の先生方、参加者の皆様、旅行のサポートをして下さった旅行会社のお蔭である。感謝申し上げたい。

(小林瑞穂撮影)

 グリニッジの国立海洋博物館では、至る所に測量と海図の重要性を理解させるための展示があり、器具などは、どのように使用するのか見学者が理解しやすいように工夫して展示されている。

 

羽田 麻美

 今回の巡検では、イギリス南部のカルストを訪れると聞き、イギリスのカルスト地形はどのようなものか見て勉強したいと思い、参加をしました。

 巡検前半は、英国ナショナルアーカイブズと英国水路部を見学しました。当初地形や地質に関心をもって参加した中で、精巧な文字が読み取れるほど間近で閲覧した伊能小図は想像以上の感動があり、それを基図にイギリス海軍により日本海図が作られたという歴史を、原図を前に詳細な解説の下学ぶことができたことは、大変深く記憶に刻まれています。アーカイブズでは資料保管庫も見学することができ、約3,000万点の所蔵資料が資料毎に決められた室温と湿度の下、その資料に最適と考えられる方法で保管され、資料毎に番号を付記し徹底して整理された管理体制は圧巻でした。

 また巡検後半にはブリストルのクリフトン橋や、休憩で立ち寄ったチェダーにて石炭紀の石灰岩地域を歩いたことが、短時間でしたが印象に残っています。三畳紀~ジュラ紀の赤色砂岩に隣接した石灰岩台地に深く刻まれた、かつての洞窟の痕跡であるドライバレーと、現在の地下水位付近にある鍾乳石の少ない洞窟、台地縁辺部で湧き出るカルスト湧水の見方を、一緒に参加した漆原和子先生から教えて頂きました。楽しみにしていたセブンシスターズは大荒れの天気で残念でしたが、およそ0.4m/年の速度で後退しているという軟らかいチョークの海食崖を観察し、,念願のチョークとフリントのサンプルを採取できました。

 そして巡検を終えた最後の自由行動の時間には、大英自然史博物館を見学した後、ロンドン市内の地図屋を訪れました。ここでは地質図や国内外の地形図を入手でき、基礎資料を得られ大きな収穫がありました。巡検を終えた今、入手した地図や資料を見ながら、いつか必ずイギリスを再訪したいと思いを馳せています。

 最後になりましたが、この度イギリス巡検の機会を作って頂き、現地案内をして下さった八島邦夫さん、矢島道子さんには深く御礼を申し上げます。

イギリス南部海岸,セブンシスターズ(2017年9月8日撮影)
白亜紀のチョークで作られた海食崖と,その中に挟まれているフリント.

 

宮崎 洋子 スケッチ集(抜粋)
▲英国伊能図(ナショナルアーカイブズ)
▲サマーセット石炭運河
▲エイブォン渓谷・クリフトン吊り橋
▲ライムリージス海岸
▲ドーセットカウンティ博物館
▲セブンシスターズ海岸